遺伝性脊髄小脳変性症(SCA3型・6型)の治験参加 2020.9

遺伝性脊髄小脳変性症、この自分達が現在抱えている難病については、意外と当人自身が知らないことが多い。

一つには今までこの病気は治療薬もない難病で、どうせ悪くなる一方で良くなることなどないという諦めみたいなものが根底にあり、それがどちらかといえば自暴自棄に陥りやすい状況を作り出していたように思える。

ために自分達が遭遇している「病」に直接向き合い、相手を深く知り、克服してやろうという意欲、熱意を削ぎ、いわば諦めに似た精神状態に陥っている人が多いように思う。

母や叔母達がそうだったし、祖母に至っては訳もわからずに逝った。

常々思っていたのだが、この自らが陥っている、まるで袋小路のような出口の見えない状況にただ手をこまねいているだけでいいのだろうか。

つまり、自分だけが何故?と自分だけの殻に閉じこもるのではなく、この問題は他者と共有し、解決への道を探すべきではないか。

他者とは当然家族や知人友人ということになると思うが、実際のところは家族にすら打ち明けられないこともあるようだ。

これは非常に残念なことで、そのことが難病に対する一般の人達の認知度、理解度を弱め、ひいては治療法の進歩を阻んでいるようにすら思える。

実際、友人知人に自分の患っている難病「脊髄小脳変性症」のことを話しても、十中八九は初めて聞く病名だと言う。

私は私の残り少ない自分の晩年のライフワークはこの難病と向き合うことだと思っている。

そのことが子や孫の幸せにつながると確信している。

そして、その克服のため自分の出来る範囲のことはやってみようと思う。

それが「治験」に参加してみようと思い立った理由である。

リハビリは自分のため、治験参加は子や孫のためと割り切っているつもりだ。

約2年前この難病が元で酔った帰り玄関階段で転倒、踝骨折で1か月入院、それから退院後1年半以上毎日平均1万歩以上歩くのが日課となった。

効果はそれなりにはあったと確信して今も続けている。

あれ以来病状は少し進行し、ふらつきは進み転びやすくなった。しかし転倒には至らず踏ん張れるようになった。

就寝時のコムラ返りがなくなり、痙攣痛も少なく睡眠が取れるようになった。

体重が5キロほど減り体のふらつきと歩行に問題はあるが、体調は良い。

 この病気を患ったせいか、良い悪いは別にして今までの行き当たりばったりの生き方でなく、少しは残りの人生の事を考えるようになった気がする。

 そう思い始めた頃、思わぬ大きな転換期が訪れた。

 遺伝性「脊髄小脳変性症」の症状進行を止める新薬の登場である。

 ここ数年で急速に発達した再生細胞医療のお蔭だとも聞いた。

 さてこのリプロセル社が開発中のステムカイマルという新薬だが、今第1段階の治験(安全確認)が名古屋大学で終わり、第2段階の治験(効果確認)を全国10医療機関で実施すべく治験参加者の絞り込みをやっている。

 現在の募集状況は知らないが、治験参加者募集の情報を私が初めて入手したのが5月、全国10か所の医療機関の決定と治験募集が開始されたのが8月。

 初め新潟大学に申し込んだが、すでに治験参加者決定済みで、第2候補の信州大学に申込みし直したところ、まだ空きがあるというので8月28日信州大学医学部付属病院へ出向き担当医の検診、面接を受け「良」との返事を受け、帰って家族の賛同を得、9月、信州大学医学部付属病院での治験参加が決まった。

 治験参加者数は10医療機関合計で50名。全国の患者数は約1万数千人。

治験参加者のなるには条件がある。

治験対象者は比較的軽度な者に限り、適合検査と主治医の紹介状がいる。

主治医が適性を判断し治験対象機関へ推薦、紹介状を書いてくれる。

受理されればその治験実施病院へ出向き、担当医師による再検査・面接を経た後諸条件を提示され、良ければ応諾し決定される。

このステムカイマルという薬は症状を改善薬ではない。進行を止める薬だ。症状を現在の症状でストップさせる薬で、治す薬ではないということは既に症状が出ている患者は良くならずそのままの状態ということだ。

朗報である。「朗報」と言い切るのは、この薬の公認が子、孫へと連なる子孫への負の連鎖を断ち切られるかもしれないという期待からだ。

はっきり言って私はこの新薬の自身への効果はそれほど期待していない。

勿論運よく症状にストップがかかればそれに越したことはないが、別になくとも余命はリハビリで何とかしのいでいければと思っている。

もしこの薬が良薬として日の目を見ることが出来たら最高だと思う。

そうすれば、遺伝子検査も積極的に受ければいいと思う。

病気の遺伝子がなければ幸い。仮にあっても症状を抑え込む薬がある。

少しでも症状らしきものが出た時点で投与すれば、そこでストップする。

場合によっては症状が出る前に投与すればその時点で完全に封じ込める。

健常児のままということも可能かもしれない。

陰湿な話題が明るい話題に変貌する。こんな朗報はない。

 

遺伝性「脊髄小脳変性症」と「治験」について

私が今患っている難病の「脊髄小脳変性症」について少し話させて下さい。

 兆候らしきものを感じたのは50歳半ば頃でしょうか。当時の私はいわば人生の脂の乗り切った絶頂期とも言うべき時期を過ごしていました。

公的には金沢市議の2期目で、同時に保育園の理事長・園長職にあり、私的にも消防分団長、町会長や早朝野球チームの選手オーナーでリーグ会長という具合に順風満帆の生活でした。

異変を感じたのはその時分で、議員として出席したセレモニーで紹介を受けて立ち上がった時にふらつく。田圃の畦道を歩いていて何度もバランスを崩して足を踏み外す。野球をしていてフライが捕りづらい。バットとボールが当たらない。極め付きは、3期目の選挙に落選した半年後の秋ですから56才の時、3ブロック職員懇親ボーリング大会の折、昨年まで2ゲームのアベレージが150点あったのにストライク、スペアー共に一つも取れず、80点まで急落してしまった。これにはさすがにショックでしたね。

その時分、4歳~5歳年下の弟・妹も同時に変調をきたしており、しかも私よりも進行が早い。

その内、60歳過ぎに歩行の不自然さを自覚し、65歳位には走れなくなった。

65歳の時、公園で年少組の孫に追いつけず、情けない思いをしました。

 既にその時、弟は杖、妹は手押し車の助けがなくては歩けない状態でした。

 それに比べ私は、まだ、これくらいで喜ばねばと思っています。

 人生そのものも終局に近づく年齢であり、最盛期には事なきを得ている。

 母はこれが原因で79歳で入院したものの、病気に関しては寡黙を通しました。

 働き盛りに症状が出たら、あるいは青年期にその症状が襲ったらと思うと冷や汗が出る思いです。現にそういう人達が大勢います。その人達は収入にも事欠き、経済的不自由さを強いられています。また、常に他人の介助を必要としている人達も多いのです。

 改めてスマホを使って「脊髄小脳変性症(SCD)」とはどういう病気かを調べてみました。

主に小脳の細胞の変性(失調)により、「歩行時にふらつく」「ろれつが回らず話しづらい」「不規則に手が震え目的の物をつかみづらい」その他様々な運動失調症状をきたす病気の総称とあります。

原因は様々ですが、遺伝性と非遺伝性(弧発性=多系統萎縮症)に大別され、日本全国で3万人を超える患者がいると推定されています。

 また、その内遺伝性が1/3、非遺伝性が2/3といわれています。

 遺伝性の脊髄小脳変性症の症状は似通っていてもその原因等により幾つもの型に分けられおり、日本人はSCA3・6・31型が多数を占めていて、私の母親系親族はSCA3型(マチャド・ジョセフ病)です。

 ちなみに、遺伝率は約50%と言われていますが、私の親族に関しては、亡母は4人姉妹の長女ですが4人全員、私のきょうだいは全員、罹患率は高いです。

 生存親族(第4親等まで)患者数は9人、可能性のある者10人。

 仮に可能性のあるいとこの子まで含めるとその数は数十人となります。

母親家系から来ているこの遺伝子はなかなか強く、しっかり引き継がれているようですね。

この負の遺産はどこかで断ち切らなければなりません。

さもなくば、これを軽減しなければなりません。

それが先に生まれた者の務めだと思います。

私は家族には全てを伝えてあります。一人娘も罹患の可能性については既に知っており、自分の人生設計に既に織り込まれているはずだと思います。

遺伝子検査をすれば分かることとは言え、このことを伝えるのは、これからの人生がある程度限定されることでもあり、勇気のいる決断を要します。

この難病の患者と家族で作る友の会の仲間の女性が、家族に打ち明けたため、結婚予定の息子さんの相手方に伝わり、破談となった話しを聞きました。

それが現実です。

家族を含めその事実を伝えるかどうかは判断の分かれるところでしょう。

しかし、近年の医療技術の進歩はめざましいものがあります。

特に遺伝子分野での進展には目を見張るものがあり、その中でも再生細胞医療は画期的です。

今回の治験はその成果を活かしたもので、台湾の健康な成年の正常な遺伝子を培養し製薬化したものの安全性と効果を試すための治験です。

脊髄小脳変性症のSCA3型とSCA6型の治療薬の開発と製品化を目指したもので、既に第1相治験である安全性の検証が終わり、第2相治験の実施です。

第1相は数人の治験参加者で実施しますが、第2相治験はより広範囲での臨床試験によって、新薬の更なる安全性と薬の効果を調べるものです。

全国にいる対象患者1万人を超える患者の中から、適格者(比較的軽度の患者の中で適正基準を満たした者)を50名選び、全国の10ヶ所の医療機関で治験を実施するものです。

その治験参加のため、私は1月19日に信州大学付属病院で2泊3日短期入院をしてきました。

治験そのものは中日、1時間足らずの試薬の点滴だけですが、2泊3日の大半は事前検査と経過を見るためのものです。それを1ヶ月ごとに3回実施します。

どの治験も一緒だと思いますが、治験参加者、今の場合参加者の50名を半数の25名ずつのグループに分けます。

半数には試薬を投与します。残りの半数には試薬を抜いた溶液を投与します。

これをプラセボ効果といい、治験にはこれがつきものです。

事前説明ではこのことの説明を受け、納得した上での治験参加となります。

つまり、試薬を投与される確立50%,ただの水を投与される確立50%です。

根底には人間心理としてある「偽薬でも良薬と思い込めば効き目が生ずる」

可能性を極力排し、純粋な薬の効用を引き出すための人間心理の応用ということでしょうか。

 グループ分けは「コインの裏表」のようにくじで振り分けられます。

50%の運試しですね。唯の「水」だけを飲まされるために治験に参加することも十分考えられます。その確立50%です。治験前にはそのことは本人にも担当医にも秘密にされます。

 メリット、デメリットだけで考えれば、

・試薬を飲んだ人=薬に効き目があれば良くなる可能性があります。副作用の可能性もあります。

・水を飲んだ人=効き目はなく症状に変化はなし。副作用もありません。

 新薬の効き目をより精度の高いものにするために必要な措置ともいえます。

 それが「治験」です。薬の効果を先取りできるというメリメリットだけを

期待しての治験参加は半分の確立で期待はずれの可能性もありますが、新薬製

造のプロジェクトに参加できたということで満足すべきでしょう。

 話しは変わりますが、昨年秋のノーベル化学賞は「ゲノム編集」の新たな

手法を開発した二人の女性研究者が選ばれました。

 「遺伝子情報(ゲノム)の狙った部分を極めて正確に切断したり、新たに

別の遺伝子を組み入れたり出来る」手法を開発した功績に対するものです。

 凄いですね。科学の発達は正に日進月歩ですね。

 これが遺伝性の難病の根治に繋がればこんなに幸せなことはありません。

 さて、治験と新薬への期待を持ちつつも、私はリハビリによる症状緩和と進

行速度の軽減に努力したいと思っています。

 そして、出来れば症状の違いに応じた、その人に合った適切なリハビリメニ

ューがあれば良いと思っています。

 正直言って、現在のリハビリは画一的で、本当にその人にあった、より効果

のあるリハビリかどうか少し疑問を感じています。

 課題は沢山ありますが、一つ一つ地道に努力していこうと思います。

 

村 池 敬 一 

令和2年 9月27日のリモート医療講演会を終えて】

松本

今回のZoomでのオンライン医療講演会の実施には、石川県出身でもあります東大病院の三井純先生のご縁と、三井先生の所属されております分子神経学の第一人者の辻省次先生の寛大なご厚意によりこの小さな石川県の友の会にお力添えをいただきましたこと、大変感謝しております。講演会の後半では、お忙しい中お時間の調整をしてくださりサプライズ出演に登場してくださいました京大病院の高橋良輔先生と、弊会の会員が多くかかりつけ医でお世話になっております石川の国立医王病院の駒井清暢先生と4人でのセッションは、医学部生の視聴者様からも大好評で地域に寄り添ってくださった先生方々の御尽力にとても感謝しています。冒頭の映像の音が出ないなど小さなトラブルはありましたが、数か月かけて何度もテストを繰り返したこともあり、予定通りの時間内で無事に終えることができました。とは言え、初めから会のみんながZoomを使えていたわけではありません。まずは役員でLINEのビデオ通話というテレビ電話というものを使い始め、オンライン会議のための練習をしました。実際には、各家庭の息子・娘さんや、奥様、お孫さんなどがLINEのビデオ通話のセッティングに協力してくださり、無事、メンバーでビデオ通話を使うことかできました。パソコンはなくてもスマホなら、会員の皆さんやご家族が身近に持っているのですぐに始めることができます。スマホならiPhoneでも、Androidでも、あらゆる機種が一斉にビデオ通話をすることができます。ただ、人数が増えたり機種によっては着信音がならないようで、受け手が気づかないこともあり、事前に、皆さんで、日時を決めてLINE画面で待機しているとスムーズにビデオ通話をすることができます。

私達はこのようにLINEでビデオ通話に慣れることから始め、役員会で経験を重ね、会員数が28名ほどと少ないこともあり、今では会の方々との1対1でのやりとりもできるようになりました。 コロナ禍というきっかけではありますが、この難病になっても、高齢になっても、LINEでつながることができました。その後は、会で思いきって時間制限がなくなるZoomの有料オプション会員になり、ほとんどの方がすぐに慣れて上手にポンポンとZoomに参加できるようになりました。「安否確認」だったり、「今日は何食べた?」「次回は、ドリンクやお菓子持参でリモート会議してみよう!」「総会どうする?」「遺伝子治療・最新医療について」等々本当に様々なことについてお話しました。企業ほどの立派な通信環境ではないけれど、私たち難病患者や家族が身近なLINEで交流することからはじまり現在では、新潟・富山・福井・山形・長崎等の事務局とZoom交流会も開催しました。コロナ禍の影響で会えなくても、画面で仲間たちに会える喜びには自然と笑顔になります。何事もひとりではできません。みんさんの思いと行動がひとつの輪になり不可能でも可能性が生まれます。通信が込み合う時間では、フリーズしてしまう課題も多少はありますが、今回のことで、LINEやZoom環境、使い方をご支援してくださった家族のありがたさと、家族も会の一員なんだなぁとつくづく思いました。

シゲちゃん

石川県小松市に在住しています

私は遺伝性のSCDです 母親からで 発症は50過ぎからでした ある時に旅館の大広間にある畳                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               ヘリを真っすぐ歩けなくなりました そうこうしているうちに会社の社内旅行がありまして 小高い丘陵地から降りてくる時に

手すりがなかったものですから 後輩の肩に右手を置いて降りてきました

その様子を一部始終見ていました会社の上司より 翌朝にホテルの食堂にて大声で叱られました「重吉よ 昨日のざまはなんだ ?

すぐに病院へ行って検査してこい」と大声で𠮟責 受けました

怖い上司ですが 私は約一月後大学病院の待合室のローカにあります長椅子に座っていましたよ

その当時は歩く時のフラツキだけでしたが 10年後の今は( ^ω^)・・・

現在「車いす」です 手の方は少し握力は落ちましたがまだ大丈夫

です しかし書字障害ですのでほとんど代筆です

「構音障害」です なるべくゆっくり発音しています

「老眼」「斜視」

「嚥下」

「多尿症」に伴い 夜眠れない

どれだけ食べても 太れない・・・・・・

 

「嚥下」についてはご飯に味噌汁をかけています←とても美味しい

「多尿症」については昨晩も中に何回もトイレに行きました

夜眠れないについては ベッドで横たわりながらラジオを聴いています その他まだあると思います

【現在の心境】

母親の事は全然 恨んでない  むしろ娘二人の事が心配

今は毎日 あかるく元気で毎日デイサービスに通っています

この病気は小脳はダメになりますが 大脳は大丈夫ですので

頭はぼけていません

今後とも 前むきに頑張りますりので宜しくお願い致します。

 

 

リハビリの大切さ

発症から1年後にSCD友の会に入会しました。 そこで驚いた事は皆さんが笑顔で東京へ言って来たと話していました。(なんでそんなに明るく居られるのかなあ)と思いました。それと同時に私もこれからの人生をまだ楽しめるかもと思えるようになりました。
そして友の会の旅行や温泉、家族旅行などと楽しい生活を過ごして来ましたが最近は、歩きや椅子からの立ち上がりが難しくなってきたので理学療法士の指導
でリハビリを頑張る事にしました。リハビリの効果がでたのは、コロナウイルスの影響で5月に自粛していた時に、通っていたデイケアやB型の事業所を休んでいましたが家で毎日テレビの体操とデイケアからのリハビリのメニューをこなしていると6月にデイケアでの3ヶ月ごとにしている体力テストの結果が前と変わらないか少し上がっていました。驚きや嬉しさがありました。毎日わずかな時間ですが続ける事が良かったみたいです。寝る前にも10分位体を動かしています。
現在は友の会の方々とコロナウイルスで会うことが出来ませんが また元気で会う為にリハビリを頑張っていこうと思います。

指パッチン

 

現在(2020-3-20)、世界中にコロナウィルスが蔓延しており、この原稿が出るころには正常な生活に戻っていることを願っています。

デマや風評により、街の中から品薄や売り切れ状態の物があります。50年前の石油ショックでのトイレットペーパーのことを繰り返しています。学習能力の無さにびっくりです。そのうち、我々のような、健康弱者へのデマが拡がらないように。

50年前は無かったSNSがデマを広げます。

毎年、4月の中盤から後半にかけて、友の会の総会を開き、前年度の活動実績と今年度の活動予定などを会員の皆さまに伝えております。これが年度のスタートと言っていいと思います。5月には日帰りのバス旅行の計画もあります。その頃には正常な生活に戻っているでしょうか?

人が集まるイベントや行事が次々と中止になりました。スポーツは無観客または中止、TDLやUSJは休園、不要不急の外出は控えるようにということです。世の中の仕組みの1部でも止まってしまうと、経済活動が回らなくなります。その影響で倒産する会社も日に日に出てくるでしょう。

何年もかけて、巨額を投じて準備してきた東京オリンピックはどうなるのでしょうか?

我々の殆どは家の中から出ませんから、ウィルスに晒される危険は殆どありませんが、健康である皆さんの経済活動で生かされている身としましては、皆様が頼りなのです。

これは、サノスの「指ぱっちん」のせいで無ければ良いのだが。

映画アベンジャーズから

2021-01-27六角堂打ち合わせ

事務局打ち合わせという名目で人妻と六角堂に食事に行きました。

福祉タクシーを手配してもらいました。

打合せの中身はおぼえていませんが、きっと彼女のパソコンには残っているでしょう。

彼女の、甘い声と、可愛い動作を見ていて、食事に味は憶えていませんが令和3年の事業は計画通り進んだということは、有意義な打ち合わせが出来たということです。

なににしようかな・・・

フランスベッド

私は脊髄小脳変性症という難病です。

そのせいで、異常なたんぱく質が蓄積され、小脳や脳幹が徐々に破壊され、段々体が思うように動かせなくなり体幹障害により、歩行が困難になったり、眼球の制御が出来なくなり物が二重見える複視、ろれつが回らなくなる構音障害の症状が出てきます。

その進行は比較的ゆっくりしていることと、大脳は正常なので思考や意識がしっかりしているので、真綿で首を絞めえられているがごとく体が徐々に蝕まれていき、徐々に死に向かっていることを感じる、ある意味で残酷な病です。

一番の望みは、病期の根治方法が見つかることですが、その日がくるまでは、対症療法や補助(介護)アイテムによるQOLの向上です。

 

最終的には殆どの人が、介護施設で食事や入浴の世話を受けることになりますが、その途中自宅介護の時には介護保険により、歩行器や介護ベッドを借りることになります。

私も発病以来、杖→歩行器→車椅子となり、寝る時は介護ベッドを利用しています。

最近、フランスベッドの介護べッド「マルポジ」のCMがテレビでよく流れます。

立ち上がりや移動を助けてくれそうです。

ケアマネさんに相談し、早々にマルポジに替えてもらいました。

リモコンの操作で「寝る」、「起きる」の一連の動作が簡単に出来ます。

まだ、使い始めて数日ですが、使用感をレポートしたいと思います。

患者の状態は様々で、状態により、便利な事、不便なことがあります。

私の状態は、寝たきりではありません。

家の中の移動も車椅子ですが、起き上がること、数メートルの歩行は、柱や手摺に掴まればできます。

従って、トイレまでは車椅子ですが、そこから立ち上がって、用を足し、車椅子に乗ることはできます。

日中は座位でマルポジを使うので、掛け布団は、横に置いています。

ベッドへの乗り降りは足元から行いますが、マルポジは起きた状態のままです。

特に上がる時は、腕力を使う必要があり、そのうちこの方法は出来なくなりそうです。

今は、これもリハビリです。

殆どベッドでの生活なので、テレビを観ていることが多く、そのため、テレビは壁掛けになっています。

夜になって寝るポジションにしたとき、テレビが見えなくなります。

ベッドをフラットにした時は、寝ることしかできなくて、布団に入ってテレビが見られないということと、「起きる」状態のままのベッドの乗り降りが難しいといのが、今の自分の問題であり、解決できればいいなあと感じる点です。

このベッドは、使用者が寝たきりで、自分では介助なしには、何も出来ない人が、介助を受け、、介助する者の助けになる機能が付いたベッドだと思いました。

ここからは、自分の妄想です。

ベッドは寝るための道具ではなく、ロボット後術と融合し、ガンダムのモビルスーツのように、歩行の介助や生活の助けになり、休む時はベッドになる、マルチウェアマシンへと進化して、身体障害者の助けとなり、健常者に近ずくデバイスになって行くことを夢見る老人です。

 

第2回エリアミーティングで思ったこととまとめ

いしかわ SCD・MSA友の会事務局補佐松本蘭

いしかわ SCD・MSA友の会は、連絡協議会に 2021 年度の今年から加入しました。

正式に発足するまでの準備期間中の協議会には、前任の重吉事務局長が長年地方の SCD友の会と携わってきたと聞いております。

北陸3県同士の交流だけでなく、全国SCD.MSA友の会の方も

医療講演会を石川で開催した際にはお越しくだっさたり、近畿SCD/MSAの総会やイベントにも参加しまた。

石川の友の会の歴史には、これまで全国の事務局との出逢いがあったことをお聞きしています。

現在世代が私の代で交代し、石川も潰れそうな瀕死な状態でありましたが、歴代の先輩が築きあげてくださった患者・家族を何とか持ち直し、再起立ち上げていきたいです。

なぜ、私がこんなに意欲がかりたてられるか・・・・。母のすさまじいMSAという病気を目のあたりにし、「こんなに苦しそうにしている病気をこのまま、しようがないもんね・・・・。」とただただ根治薬賀無い現状を眺めて生きる。

こんな酷い生活を、他の患者や家族を増やしたくないとおもったからです。

私の母は、現状はMSAかもしれませんが、実はこのSCD.MSAの研究であげられてい

ることは、「隠れSCD」という病気の人がMSAの中にも多くいるんじゃないかというケースが、伝子検査で明らかにされてきたことです。

確かに私の母もMSAと診断がついておりますが、母の親は田舎の病院で、脊髄小脳変性症という病気でさえは診断がつくことは難しく、整形からの病気や、原因不明の病気や感染症の不治の病などと言われておりました。

SCD確定診断がつくようになったのは、ここ10年ほど前からだそうです。

現在では、遺伝子検査や、医学医療が発達し、SCDの確定診断はより精度の高い診断がつくようになりました。

しかし祖先の家族歴の病気診断が曖昧な方が多く、現代になってから「SCD」の遺伝子を持っていることをはじめて知る方も増えてきております。

私の母は MSA ではありますが、現状では、SCDの強伝子保有率がゼロではないので、私の不安もありますし、私のこどもにも遺伝の立はゼロではないということです。

そうなってくると、私だけの問題ではなくなり、いざ我が子に対気が発症したときに、地域に根付いた患者・家族会の窓口がなければ、一体この先この子たちは、または、未来の多系統萎縮症の患者が困っていても、どこにドアをたたけばいいのか。

これさえも、訴える声も届けられず生活していかいといけなくなるわけです。

果たして、継承問題を放って生きていけるのか・・・・・姿縮の進行も早く、母の声帯が反転し、最近は首を絞められたように呼吸器神経が脳からの信号が正常に送れず、唇が紫色になって、苦しそうにしている姿を3年前は、1日1回、2年前には1日に3回。今年になってからは、1日8回くらい頻繁に声帯が反転し息ができません。

家族としても実に耐えがたい闘病生活をそばで見てきております。

こんなに恐ろしい病気を、早く薬の研究や開発へもっと進んで欲しい気持ちでいっぱいです。

それが無理ならば、せめて、患者の生の声、介護にかかわる家族の生の声を社会にもっと知って欲しいと思います。

地方の友の会の運営は、確かに大変です。

みんなボランティアで貴重なお時間をいただき、活動を役員さんが総出で協力をくださってます。

その役員の思いと、末端会員の思いにも繋がるような活動やメリットをしていかないという思いでいっぱいです。

他の難病団体からどんどん取り残されてしまっています。

このままでとか、いつかとか言っていたら、何も変わらないです。

その為にも、私は、「SCD.MSA に特化した連絡協議会の活動は、今後の未端会員の為にも役立つ活動がしたいです」今後はプロセスをちゃんと踏んでステップアップ出来る様に、まずは連絡協議会の運営を改め、予算も加盟団体と意見交換をしっかり交わし、年に1度ではなく、定例会を設け、土日をいれたり、平日の夜をいれたり、まずは会議出席者の出やすい選択を提供し、出席出来る日に出る。

出れない時は、議事録か、事務の手を楽にさせてあげるために、ZOOM会議の録画を期間限定で、見れるようにするなど工夫は出来ると思います。

事務局の作業を極力ひとりひとりが理解してあげれる配慮や優しさも必要だなと思っています。

仕事柄、会議の議事録は、非常に作業の負担が大きいとの声をよく聞きます。

それ以降からは、ZOOM録画を期間限定見て頂き、その方なりのありのままの視点で解釈ができます。

見た後は、必ずなり意見書を提出し、参加するというかかわる均衡性のような権利を相互に保つ。

こういうものが時代と共に改善されていかないといけないかなと思います。

【まとめ】

・難病連の参加も確かに重要。しかし SCD.MSAに特化した連絡協議会は絶対必要。

規模が小さくなると、研究・新薬創業の今後は?お人好しの研究者がいつか頑張ってくれるのを待つ?いや違うと、思う。

当事者の患者会こそが、末端会員に繋がる活動は、私たちにしか出来ない。

まずは声を国に届け社会にもアピールする力がいる。

陳情活動をできるだけ絶やさない、陳情の有効性・働きかけ試作の工夫が重要。

・初期の志から連絡協議会に加盟したいと思うような実績があっても、新しい引き継ぎされることに、リセットされていく。

どんなに今まで各エリア事務局と友好的な係があっても、その代を引き継ぐ体制が弱いため、連絡協議会の活動が不透明になる。→明確にしていく。

データ(資料)を共有するだけで無く、地方も都会本部事務局もしっかりファイリングし、継承をしていく。

会長だけのトップダウン会議というより、事務局の事務の連絡統合性が大きなポイント・事務局同士の良好なチームワークと連携→会報誌の紹介や、Zoon でエリアごとの活動写真など見たり、なにげない話もしていいような事務局交流会の位置づけとしてエリアミーティングを活用。

ZOOMで楽しいアットホームな交流会を企画したい。(石川、松本が企画幹事します)

・その年度はその年度内に会計をしっかり閉める。ほったらかしにしない。

・予算案は、全体で何度も協議を交わし、結論を出していく、年に1度では無く、定例会として意見交換の場を作る。

参加できない場合は、ZOOM会議の録画を期間限定であげられた動画を見て、後日意見書を必ず出す。

(意見に賛同していても、代表幹事の意見を述べる権利はあり、また加盟幹事であるのだから賛同是非にかかわらず意見や考えを発する義務もある。

沈黙は平等では無いと思う。)

・会費については、まずは予算案を明確にし、その活動と、予算の使途についてどれくらいの概算があるのか、試算説明を明確にする。→予算に見合った活動と、予算に見合った会員の妥当性がわかっていいと思う。

年度内は、とりあえずは、現行通りでいく。

・未納分に対しては、以下2つの選択肢から加盟団体にも措置が必要。

※コロナの為昨年度は特に、連絡協議会の活動が縮小だったのもあり、大きな経費がかかっていないので、考慮があってもいいと思う。

①未納の年は、退会と見なし、今年度から再加盟とする。

今回の支払いは、2021 年度のみ支払う。

②継続希望の加盟団体:未納分を全て支払う。

・入会手続きとして、文書紙ベースまたは、データベースでしっかり残す。

福井のように言った言わない問題が発生。

手間が大変という理由はおかしい?と思う。

入会申込制度をしっかり組むべきと思う。

本部事務局と、加盟団体が交わした歴史が後世に残す必要がある。

丸山さんが大変ならば、申込窓口は、石川松本が引き受けても良いです。

本部と、地方役員の文書を交わす手続きをちゃんとしたいと思います。

いしかわ SCD・MSA友の会 松本